workdays by Syusay 毎週の関心事を綴ってます

500px, best of 2014に学ぶ (2)

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『良い写真作品』のお手本として500pxから2014年版 風景部門トップ10の写真を見ています。私の推しはjaewoon U氏の Memory of springだというところまでが前回の話で、今回はその理由を説明してみるつもりです。

上記の写真は500pxISOからの引用です
先に前回を補足すると、500pxから選ぶなら少しだけ変則的に考える部分があります。有名な場所や特徴的な地勢かどうかについて、やはり500pxでは北米文化による偏りが見受けられると思うからです。
人間は見慣れていないものを評価できません。その点、Memory of springは日本人にもわかりやすい『桃源郷』を表現してみえるため、作家のチャレンジでもある既視感と新鮮味の両立を評価することができます。アートに詳しくない客人を前にして オーナーが作品を語るには、作品に含まれる既視感が特に大切な入り口となります。

それでは、ここからは手間のかけ方をみていきます。偶然か意図的かは置いておいて、定石を踏んでいることを評価していき、その上でのレベルの高さとアレンジを見つけていきたいと思います。

水と山

人間が本能的に好むものに 水と山があります。山水画というものがあるくらい要素として大きい部分です。これを好きな人が多いと知っていて提供しないなんて酷なことで、コース料理のメインに肉が出てこないようなものです。
アレンジとしては 氷と山であるとか 岩と海というパターンもあります。トップ10の写真のみならず 500pxには同様の写真が多いです。全体を見渡したときには似たり寄ったりで面白くないとも感じますが、結局たった1枚を選ぶなら王道的なモチーフは外せません。プリントとして飾られる場合、デスクトップで鑑賞するよりも露出期間が長いので 奇をてらったようなものは飽きてしまいます。

スケーリング

広い範囲をパッと見て良く、細部をじっくり見ても良いと感じられる工夫です。ファインプリントの風景写真は最低でもA2くらいの大きさが欲しいですが、観賞距離と視角から厳密なサイズを求めることもできます。撮影前に完成のサイズが決まっていたかを確かめる術はありませんが、機材情報があれば推測してみることはできます(例:私はA1からB0のプリントを得るためにSD1を使ってます)。
jaewoon氏の他の写真をみれば Memory of springは意図的にシネスコサイズに収めているのがわかります。この比率は大きなプリントにしたときに迫力が出ます。桜や水面の小さな波紋など、細部をみる楽しさが全体との対比によって感じられると思います。ただし500pxは実データをチェックできないのでプリントの保証はありませんが。

色彩

色については書くことがたくさんあるので1つに絞っておきます。『暗順応』です。
人間の目では対象の明るさが低下していくときに 赤色は素早く黒に近づき、反対に緑や黄色は粘るというか 白に近く感じられます。Memory of springは 明るいところでは向かって右側の桜に目を奪われますが、暗順応が起きると中央から左にかけての霞と水面の反射が美しく感じられると思います。この作品は1日の中で表情が変化するはずです。暗順応を意図した作品は ディスプレイで写真をチェックしているだけの人には作れません。相当に絵画を観てきているか、しっかりと色彩を勉強していないと難しいでしょう。写真一辺倒の人か、芸術全般が得意な真のアーティストであるか、差がみえる部分かと思います。

ちなみに、このような仕掛けは油絵にわりとみられます。夜に不気味に見える肖像画なんていうものも色彩のトリックで作れます。そもそも油絵が盛んな時代には 昼は移り変わる太陽光、夜は炎の灯りで見たわけです。炎は演色性に劣るものの、油絵の表面の隆起が揺らぐ光を受けて影のざわめきをつくるため 画が表情を変えるところにも楽しみが生まれます。現在、美術館で展示されている名作を観ても本来の持ち味の半分も楽しめていないでしょう。それゆえに作品を所有し、光源を変えて楽しむという贅沢があります。

まだ写真作品で色と形に趣向を凝らしているものには なかなかお目にかかれません。ディスプレイ上の美しさとプリントの楽しさの両立という点では、個人的には、Memory of springにも不満があります。それでも暗順応下での見え方を全く意識してないものよりプリントに相応しいのは間違いなく、本当にプリントする価値がある作品だと思います。

………

つい こだわりのある部分の話が長くなってしまいました。クローズしましょう。今回のポイントは『本質的に好まれる』『飽きさせない』というところです。そして、感覚的にではなく方法や原理を理解していることが大切です。最後に小話を添えておきます。

又聞きなのですが、ある有名な作家に作品を特注したお金持ちの人がいました。この手のアートファンにとっては既存の作品を買うのは序の口で、気に入った作家にオリジナルの作品を注文することがあるのです。さて、それで出来上がった作品なのですが…、オーナーは大変がっかりしたそうです。その作家の代表作とは雲泥の差だったとか。「とにかく酷い」とまで聞きました。

恐らくですが、作家は自分のセンスや技巧を自らのものにできていなかったのかもしれません。何度も試行するうちに偶然 良いものができて、大きな評価を得てしまったのだろう、と。こういう話は作家が有名であるほどに広まります。「あんな人がなんで有名になっちゃったのかな」という話を聞くことは珍しくない世界です。知識と技術は大事だよ、というお話でした。

以上、前回・今回と、いくらか理屈っぽい話にしてみました。これは私が、芸術家には哲学か科学が必須だと考えているからです。というより備えていますね。ごく自然に。芸術に真摯に向き合う中で あらゆることを貪欲に吸収しようとするせいなのか、博識で話の尽きない人が多いと感じます。500pxの投稿者と そのような会話を楽しむゆとりはありませんが、作品を細かくみていくと作家が何を想っているか わかるような気がします。それではこのへんで。

2 コメント:

  1. すばらしい!!
    これほど、私がほしい情報が載っているブログもなかなか無いでしょう。
    今は大学で画像を勉強しております。工学的な知識をどうにか写真に活かしていきたいです。
    「芸術家は哲学か科学が必須」私も同意です。今は指で押すだけでキレイな画像を得られるようになりました。
    しかしながら、それにとどまることなく何かを表現していこうとするのであれば、それ相応の知識や見方ができないといけませんね。もちろん、それが無くとも撮ることはできるのでしょうけど。知識が有ることで、違う視点から物事を捉えれるというのはかなりのアドバンテージですね。
    自分も、もっともっと写真で表現できるようになりたいです。

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    1. Himmelさん、褒めても何も出せませんが(笑)、Webで あまり見かけない情報を載せようと努力しておりますので そのあたりの合致があると私も嬉しいです。

      写真×工学というと海野和男氏のスタイルが参考になりそうですね。あのお方はカメラやレンズを改造している。道具を作れる人は可能性に恵まれています。「こんなカメラやレンズがあればいいのに!」って言ってる人は怠惰なんです(私もですが)。本来なら理想の画の実現のために最大限の努力をするのが写真家ってものでしょうね。
      いまだに新しい画像のファイル形式も誕生しているくらいに ソフトの部分も日進月歩なので、Himmelさんが いずれ革新をもたらしてくれることを期待しております。

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